人吉街道(ひとよしかいどう)は、佐敷宿と染田を結ぶ、約60kmの旧街道です。 米良街道とともに肥後と日向を繋ぐ道として、参勤交代・巡視や参詣などに使われました。
球磨川下り(くまがわくだり)は、人吉から球磨川を下って八代城下に至る水路で、1664年に林正盛(人吉藩主の相良頼喬の叔父)によって整備され、主に物資輸送や参勤交代に使われました。 全国風景ガイドでは、八代城下と告を結ぶ約35kmを、球磨川下りとして紹介しています。
加久藤越(かくとうごえ)は、江戸時代の旧街道で、肥後街道と呼ばれることもあります。 全国風景ガイドでは、人吉追分(人吉街道)と本庄宿を結ぶ約85kmを、加久藤越として紹介しています。