東高野街道(ひがしこうやかいどう)は、八幡集落と長野を結ぶ、約55kmの旧街道です。
古代以来の古道と言われており、平安時代に高野山詣が盛んになって以降、江戸時代まで参詣路として使われました。
西高野街道(にしこうやかいどう)は、大小路と長野を結ぶ、約15kmの旧街道です。
平安時代以来の高野参詣道で、江戸時代には堺と高野山を繋ぐ物資輸送路としても使われました。
![大小路追分 [写真]](/pict/kkos/sb/oshoji01.jpg)
![榎元追分 [写真]](/pict/kkos/sb/enomotobunki01.jpg)
高野街道(こうやかいどう)は、長野と高野山を結ぶ、約35kmの旧街道です。
平安時代以来の高野参詣道で、江戸時代にも参詣に使われました。