宮津街道(みやづかいどう)は、江戸時代初期に宮津藩主の京極高広によって整備され、成相寺への巡礼や宮津藩の参勤交代に使われた旧街道で、普甲道・今普甲道と呼ばれることもあります。
全国風景ガイドでは、牧追分(山陰街道)と宮津城下を結ぶ約30kmを、宮津街道として紹介しています。
元普甲道(もとふこうみち)は、古代以来の旧街道です。かつて普甲道(普甲寺という寺院に由来)と呼ばれていましたが、江戸時代初期に宮津街道(今普甲道)が整備されると、元普甲道と呼ばれるようになりました。
全国風景ガイドでは、宮津街道から分岐して毛原峠と茶屋ヶ成を越える約10kmを、元普甲道として紹介しています。