濁川街道(にごりかわかいどう)は、毛馬内宿と追分橋(羽州街道)を結ぶ約25kmの旧街道で、津軽往来と呼ばれることもあります。 盛岡藩と弘前藩を繋ぐ道で、濁川に置かれた番所は戊辰戦争の際に弘前藩兵に焼き討ちされています。