全国風景ガイド : 日本の城

英賀城

詳細情報

英賀城本丸之跡碑:兵庫県姫路市飾磨区中浜町2丁目
[写真]
 英賀城(あがじょう)は、永享年間(1429年~1441年)に赤松祐尚によって現在の姫路市飾磨区(しかまく)に築城された平城です。岩繋城と呼ばれることもあります。
 1441年の嘉吉の乱(室町幕府将軍の足利義教が赤松満祐に暗殺されたことに始まる動乱)で赤松氏が一時的に滅亡すると、赤松氏姻戚の三木通近(三木氏の祖)の居城となりました。
 戦国時代初期になると城主が浄土真宗に帰依するようになり、1515年には城内に英賀御堂が建立され、播磨における本願寺の拠点となります。
 織田氏による毛利攻めが進行中の1578年、城主の三木通秋は三木合戦(三木城の別所長治が毛利方に寝返ったことで始まった籠城戦)に際して別所氏を海運で支援しましたが、1580年に三木城が落城すると英賀城も織田軍に攻撃され、内通者による放火などもあって落城しました。戦後、町人や農民が姫路に移転させられ、英賀御堂が亀山に移築される(亀山本徳寺)などして、英賀城は町ごと破却されました。
 播磨灘に注ぐ夢前川と水尾川の河口付近に築かれた平城で、武家屋敷や城下町まで取り込んだ惣構となっており、播磨三大城の1つに数えられるほどの規模を誇っています。
 現在では、英賀神社に土塁が遺構として残り、英賀城跡公園に模擬石垣が造営されている他、各所に石碑が建てられています。

英賀神社
兵庫県姫路市飾磨区英賀宮町2丁目
[写真]
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※英賀城の土塁が残る英賀神社
 英賀神社(あがじんじゃ)は、現在の姫路市飾磨区(しかまく)で奈良時代以前に創建されたと考えられている(713年編纂の『播磨国風土記』に記載あり)神社です。英賀津彦神・英賀津姫神などを祀っています。
 室町時代初期には、英賀城主の三木通近(三木氏の祖)によって整備拡張されました。1580年に英賀城が織田軍に攻め落とされた際、英賀神社も焼失しましたが、後に再建されています。
 英賀城の大規模な惣構には英賀神社も含まれており、境内には英賀城の土塁が遺構として残っています。


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