安慶名城(あげなじょう、あぎなぐすく)は、14世紀頃に築城された山城です。大川城と呼ばれることもあります。安慶名大川按司の城として知られています。
15世紀~16世紀には安慶名大川按司の居城となっており、1453年には安慶名大川按司一世(伊覇按司一世の五男)によって改修を施されています。しかし1511年、中央集権化を目論む尚真王の呼び出しに安慶名大川按司三世が応じなかったことから、1526年に尚真王の攻撃を受け、水攻めの末に落城しました。
天願川(大川)の南岸に築かれた山城で、山頂の主郭を中腹の帯曲輪で囲んた輪郭式の城です。天願川や石灰岩質の山肌を利用しつつ、二重の石垣で守りを固めた、難攻不落の堅城です。岩を穿って作られた虎口が特徴です。
現在では安慶名中央公園として整備されており、石垣・曲輪・虎口が遺構として残っています。