福江城は、1849年に五島盛成によって築城された平城です。石田城と呼ばれることもあります。日本で最後に新築された城として知られています。
1614年に江川城を焼失した五島氏は1637年に石田陣屋を築いて福江藩庁としていましたが、19世紀初頭になると付近に外国船が頻繁に出没するようになり、海防の必要性を認識した五島盛運(第8代藩主)が城の新築を幕府に申請、五島盛成(第10代藩主)の代の1849年になって幕府からようやく許可が出ると、石田陣屋を元にして築城を開始しました。工事は難航し、完成したのは五島盛徳(第11代藩主)の代となった1863年でした。
五島列島で最大の島である福江島の東部、福江港に突き出た平城(海城)です。海城らしく舟入(水門)を備える他、外国船に対抗すべく台場を設けているのも特徴です。石垣は主に野面積みで造営され、一部に切込接も見られます。
現在では周囲が埋め立てられ、本丸跡が長崎県立五島高等学校に、北の丸跡が五島観光歴史資料館などになっており、二の丸跡に五島氏庭園や横町口蹴出門が現存、各所に石垣や堀などが遺構として残っています。近隣には、常灯鼻(五島盛成が建設した灯台)や武家屋敷通りもあります。