全国風景ガイド : 日本の城

茨木城

詳細情報

茨木小学校:大阪府茨木市片桐町
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 茨木城(いばらきじょう)は、築城年・築城者不明の平城です。
 1467年、応仁の乱の際に東軍方が陣を構えた、と記録されています。1482年に摂津で国人一揆が勃発すると、茨木氏の守る茨木城は細川政元に攻め落とされて、茨木氏は細川氏家臣となりました。
 1568年に織田信長が摂津に侵攻してくると茨木氏は信長に臣従しますが、城主の茨木重朝が1571年に白井河原の戦い(和田惟政・茨木重朝と荒木村重・中川清秀との戦い)で敗死し、勢いに乗じた村重軍によって茨木城も攻め落とされました。戦後には清秀の居城となり、1578年に村重が信長に謀反を起こした際にはいったん村重方に付いたものの、信長の調略を受けて信長方に寝返っています。
 1586年に中川秀政(中川清秀の嫡男、織田信長の女婿)が転封されると豊臣秀吉の所領になり、1600年の関ヶ原の戦いが終わると片桐且元・貞隆兄弟が城主になっています。
 1615年、一国一城令に伴って廃城となりました。
 茨木川(天井川)の東岸に築かれた、連郭式の平城です。
 現在では本丸跡が茨木小学校となっており、正門脇には櫓門(実物は慈光院に移築)が復元されています。

茨木城の搦手門
茨木神社:大阪府茨木市元町
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※茨木神社(いばらきじんじゃ)は、建速素戔嗚尊を祀る神社
※807年に創建されたと伝えられていて、本殿は1622年に造営されている
※茨木城の搦手門のある神社
 茨木神社は、茨木城の歴代城主の尊崇を受けており、茨木城の搦手門が移築されて東門として使われている他、石垣も茨木城から移築されたものと言われています。


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