糸数城(いとかずじょう、いとかずぐすく)は、築城年・築城者不明の山城です。
14世紀初頭に、居城である玉城城を守るべく、玉城按司が三男(糸数按司の祖)に築かせた、という伝承があります。
1406年に尚巴志が武寧王(察度王統第2代)を破った後、糸数城は上間按司(武寧の元配下)に攻められて落城しました。
急峻な丘陵の南西端に築かれた単郭式の山城で、東以外の三方を急斜面に守られ、東に対しては長い城壁を設けています。城壁は主に野面積みで造営されていますが、城門など一部には切石積みも用いられています。
現在では、城壁や城門が遺構として残っています。近隣には、糸数城よりも古い根石城(にいしぐすく)があります。