全国風景ガイド : 日本の城

神戸城

詳細情報

神戸城跡:三重県鈴鹿市神戸本多町
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※都道府県の史跡
 神戸城(かんべじょう)は、天文年間(1532年~1555年)に神戸具盛(関氏の一族)によって築城された平城です。本多城と呼ばれることもあります。
 澤城に代わる神戸氏の本拠として築かれました。1568年、織田信長の伊勢侵攻を受けて、城主の神戸友盛が織田氏家臣の滝川一益と和睦し、信長の三男の織田信孝(神戸信孝)を養子に迎えましたが、1571年には信長の命で友盛が隠居させられて信孝が城主となりました。
 1582年の本能寺の変で織田信長が没し、後継者争いの中で1583年に織田信孝が羽柴秀吉(豊臣秀吉)に切腹を命じられ、織田信雄(信長の次男)の家臣が城主となりますが、1584年の小牧・長久手の戦いが終わると秀吉の支配下に入りました。
 1590年に城主となった滝川雄利が1600年の関ヶ原の戦いで西軍に付いて戦後に改易されると、翌年には一柳直盛の所領となりましたが、1636年に一柳氏が転封されると破却され、幕領となります。1732年に本多忠統の所領になると再建され、本多氏の居城として明治維新を迎えています。
 連郭式に繋いだ本丸と二の丸を三の丸で輪郭式に囲んだ平城で、内外に幅の広い水堀を配しています。織田信孝の時代に拡張されて近世城郭となっており、野面積みの石垣を特徴としています。天守閣は1595年に解体され、桑名城に移築されています(神戸櫓)。
 現在では本丸跡などが神戸公園として整備されており、天守台・石垣・堀の一部が遺構として残っています。二の丸跡は神戸高等学校になっています。

神戸城の大手門
顕正寺:三重県四日市市西日野町
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※神戸城の大手門のある寺
※市区町村の文化財
 神戸城(かんべじょう)大手門は、1747年に建造された高麗門です。1875年頃に顕正寺(真宗高田派の寺院)に移築され、現在では山門として利用されています。
 高麗門とは薬医門を簡略化した平屋の門で、冠木に被せる屋根を小型化しつつ控え柱にも小さな屋根を被せたものです。
 境内には、本堂(1806年建造)や鐘楼(嘉永年間建造)といった建築物があります。

神戸城の太鼓櫓
蓮花寺:三重県鈴鹿市東玉垣町
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※神戸城の太鼓櫓がある寺
 神戸城太鼓櫓は、かつて神戸城二の丸にあった櫓です。本多忠統による神戸城再建(1732年開始)より後、江戸時代後期に建造されたと考えられています。1875年頃に蓮花寺(真宗高田派の寺院)に移築され、現在では鐘楼として利用されています。
 音がよく通るように、上部には連子窓を配しています。軒丸瓦には、本多氏の家紋(立葵)が入っています。


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