金石城(かねいしじょう)は、1528年に宗将盛によって築城された平城です。金石屋形、厳原城(いずはらじょう)と呼ばれることもあります。
宗将盛が居城としていた池の屋形が1528年に内乱で焼失、それに代わる宗氏の居城として同年に築かれました。この頃には金石屋形と呼ばれていました。
朝鮮出兵(1592年~1598年)の際に朝鮮通信使を迎えるべく改修を施されて近世城郭に変わりましたが、1659年の火災で城下町もろとも焼失、翌年に再建され、1665年から行われた改修以降に金石城と呼ばれるようになりました。1678年に桟原城が完成して藩庁機能が移転した後にも存続し、明治時代に至っています。
清水山城がある清水山の南麓、厳原港に近い狭小な平野部に築かれた平城です。近世城郭となった際にも天守閣は設けられず、大手口櫓門をその代わりとしています。
現在では石垣や庭園(旧金石城庭園)が遺構として残り、大手口櫓門が復元されている他、桟原城大手門が移築復元されています。近隣には、対馬藩主宗家墓所や対馬朝鮮通信使歴史館があります。