金沢柵(かねざわさく)は、築城年・築城者不明の古代城柵です。後三年の役の舞台となったことで知られています。
平安時代には現在の横手市金沢(かねざわ)にあったとされていますが、詳しい立地は明らかになっていません。
後三年の役では、清原家衡・武衡が籠城して源義家を苦しめるも、日本初と言われる兵糧攻めの末に落城しました。
後三年合戦絵詞では、断崖絶壁の岩山に囲まれている上に多数の堀を設けた堅固な柵だったとされています。
現在では金沢公園として整備されており、園内には後三年合戦金沢資料館があります。桜やツツジの名所としても有名です。
金沢八幡宮
金沢八幡宮(かねざわはちまんぐう)は、1093年に創建された神社です。金沢柵がここにあったと推定されています。
後三年の役(1083年~1087年)で金沢柵を攻略して清原氏を滅ぼした源義家(八幡太郎)が、藤原清衡に命じて、金沢柵の跡地に社殿を造らせ、石清水八幡宮(京都)の八幡大神を勧請して、金澤八幡神社として創建しました(1989年に金沢八幡宮と改名)。
戦国時代末期には荒廃していましたが、1602年に義光流源氏(源義家の弟である源義光の末裔)の佐竹義宣が移封してくると復興し、以降も江戸時代を通してたびたび修改築を施されています。