笠間城は、1219年に笠間時朝によって築城された山城です。桂城と呼ばれることもあります。
1590年の小田原征伐に際して宇都宮氏に攻められて笠間氏が滅亡すると、蒲生郷成の居城となり、この時期に改修を受けています。関ヶ原の戦い以降に城主が頻繁に変更された末、1747年以降には牧野氏の居城となって明治維新に至っています。
佐白山(さしろさん)に築かれた山城で、頂上付近に天守曲輪を、その西に本丸を置き、そこから山腹にかけて腰曲輪を多重に設けています。西麓付近には下屋敷があります。中世の土造りを基本としつつ、近世の改修によって石垣なども備えています。
現在では、石垣や堀などの遺構が残っている他、山麓の下屋敷跡が佐白山麓公園として整備されています。天守曲輪跡は佐志能神社になっています。
笠間城の八幡台櫓
真浄寺:茨城県笠間市笠間
※都道府県の文化財(七面堂)
真浄寺は、1596年に開山した日蓮宗の寺院です。笠間城八幡台櫓が移築されていることで知られています。
七面堂は、かつて笠間城の本丸八幡台にあった物見櫓で、笠間城が廃城となった後の1880年に真浄寺に移築されました。塗籠と呼ばれる白壁や、屋根瓦の先端に飾られた鯱が、主な特徴です。