城井ノ上城(きいのこじょう)は、1195年に宇都宮信房によって築城された山城です。萱切城、城井谷城、城井郷城と呼ばれることもあります。
築城以来、豊前宇都宮氏(城井氏)の所領であり続けました。
1586年の豊臣秀吉による九州平定に際して、当主の宇都宮鎮房が秀吉に降伏すると、翌年に伊予への移封を命じられ、いったん城を明け渡すも、後に城を奪還して籠城、黒田長政の率いる豊臣方を撃退して、娘を人質にすることを条件に和睦しました。しかし1588年に鎮房は黒田孝高・長政父子に謀殺され、豊前宇都宮氏は滅亡、城井ノ上城は落城しました。
山深い城井川東岸の谷を利用した山城です。天然の要害に守られており、特に谷の東西の入口(表門・裏門)は狭隘で、谷の北側には「弓三丁あれば敵一兵も通さず」と言われた三丁弓の岩があります。
現在では、登山道が整備されています。近隣の「他城のイロハモミジ」も有名です。