大村公園玖島城跡:長崎県大村市玖島1丁目
※都道府県の史跡
玖島城(くしまじょう)は、1598年に大村喜前(よしあき、初のキリシタン大名である大村純忠の子)によって築城された平山城です。大村城と呼ばれることもあります。
1598年に豊臣秀吉が没すると、再び世が乱れることを予期した大村喜前は三城城に代わる本拠として玖島城の築城を開始、1599年に本拠を移転しました。1614年には、大村純頼(喜前の子、大村藩第2代藩主)によって改修を受けています(加藤清正の指導があったとされる)。以後、明治維新に至るまで、大村氏の居城であり続けました。
大村湾の南東部で西に張り出す半島の根元付近に築かれた、連郭式の平山城(海城)です。この立地は、朝鮮出兵(1592年~1598年、大村喜前も参加)の際に日本側の城として築かれた順天倭城を参考にして定められました。海を含めて四囲に水堀を巡らせ、二の丸と三の丸の間に空堀を、西の三の丸にお船蔵(船着き場)を設けている他、虎口・枡形・埋門といった防御面の工夫も用いています。大村純頼による改修で大手が北から南に変わり、石垣にもそれまでの野面積みに加えて打込接の高石垣が見られるようになっています。
現在では大村公園として整備され、本丸には大村神社が建てられており、お船蔵・石垣・堀などが遺構として残っている他、板敷櫓が復元されています。桜の名所としても知られています。また、西端には旧梶山御殿(大村藩第10代藩主の大村純昌によって建設された大村家別邸)が現存し、大村市教育の館として使用されています。