壬生城(みぶじょう)は、文明年間(1469年~1486年)に壬生綱重(壬生氏第2代)によって築城されたとされている平城です。馬蹄城と呼ばれることもあります。
壬生氏が1590年に断絶して結城秀康の所領となり、1600年に秀康が移封されると1602年には日根野吉明が入って立藩、壬生城に藩庁が置かれます。
1617年に日光の東照社(後の日光東照宮)が完成すると、壬生道も整備され、将軍家による参拝(日光社参)の帰路の宿泊所として壬生城本丸に御殿が築かれました。
その後も三浦氏3代など城主が入れ替わり、1712年に鳥居忠英が城主となって以降には鳥居氏の城として明治維新に至っています。
東の黒川と西の思川に挟まれる台地に築かれた平城で、本丸・二の丸・三の丸を輪郭式に配しつつ、その外側に東郭(東)・下台郭(南)・正念寺曲輪(北)を梯郭式に置いています。
現在では本丸跡が壬生町城址公園として整備されており、一部の土塁・堀が現存する他、大手門の礎石が移設展示されています。園内の壬生町立歴史民俗資料館には、壬生城の模型などの展示があります。