愛知県名古屋市中区本丸
※国の特別史跡、国の重要文化財、
日本百名城、
日本名城百選
名古屋城は、大永年間(1521年~1528年)に今川氏親(北条早雲の甥、今川義元の父)によって築城された平城です。那古野城、金鯱城(きんこじょう、きんしゃちじょう)、金城、柳城、亀屋城、蓬左城と呼ばれることもあります。
1538年、今川氏を計略で追放した織田信秀(織田信長の父)によって、織田氏の本拠地とされました。1542年頃には織田信長の居城となりましたが、1555年に信長が清須城に移転すると、後に廃城となりました。この時期までは那古野城と呼ばれていました。
1609年、清須城に代わる尾張の中心として、徳川家康が那古野城跡で新たに築城を開始しました。1615年に完成すると、尾張徳川氏の居城となり、明治維新に至っています。
本丸の周囲に西の丸・御深井丸(おふけまる)・二の丸を輪郭式に配し、その南と東を三の丸で梯郭式に囲んだ平城です。本丸の南と東の馬出、各曲輪を繋ぐ土橋、枡形虎口、といった工夫によって守りを固めています。天守台石垣を築いたのは築城の名手と言われる加藤清正で、特に本丸東門枡形の石垣に使われている巨大な石は「清正石」と呼ばれています。
現在では名城公園などとして整備されており、本丸の辰巳隅櫓・未申隅櫓・南二之門、二之丸の東鉄門二之門(本丸東二之門跡に移築)・西鉄門二之門、御深井丸の戌亥隅櫓(清須城天守の転用・移築とされ、清洲櫓とも呼ばれる)といった現存建築物や、南蛮たたき塀・庭園・石垣・堀などが遺構として残っている他、天守閣(現在閉館中)と本丸御殿が復元されています。