岡城は、1185年に緒方惟栄によって築城されたと言われている山城です。臥牛城、豊後竹田城(ぶんごたけたじょう)と呼ばれることもあります。「天空の城」として知られる他、瀧廉太郎「荒城の月」の着想源と言われています。
源頼朝との不和をきっかけに都落ちした源義経を迎えるべく築かれた、と伝えられています。
後に志賀氏(大友三家の一つ)の居城となり、1586年の豊薩合戦(大友氏と島津氏との争い)では、城主の志賀親次の下で島津軍撃退に成功しています。
1593年に文禄の役(朝鮮出兵)での失態から大友義統が改易され、家臣の志賀親次も城を去ると、代わって中川秀成(中川清秀の子)が入城、大幅な改修・拡張を施されて、明治維新に至るまで中川氏の居城であり続けました。
北の稲葉川と南の大野川の間、細く切り立った台地(天神山)に築かれた梯郭式の山城で、河川と断崖に守られた難攻不落の堅城です。台地の中央付近に本丸・二の丸・三の丸を、その西に武家屋敷群を配しています。中世の山城としては珍しく、中川秀成の時代の改修によって総石垣造りの近世城郭にもなっています。
現在では公園として整備されており、石垣や曲輪などが遺構として残っている他、二の丸跡には瀧廉太郎の像が建てられています。桜の名所としても知られています。また、西にある竹田市歴史文化館・由学館では、岡城に関する展示・解説を見られます。