佐敷城は、1588年に加藤清正によって築城された山城です。佐敷花岡城と呼ばれることもあります。
完成すると加藤重次(加藤十六将の一人)が城代に任じられ、1592年には重次が文禄の役(朝鮮出兵)に参加していた隙に梅北国兼(島津氏家臣)によって占拠されますが、まもなく奪還されました(梅北一揆)。
1600年の関ヶ原の戦いでは西軍方の島津忠長(島津義久の従兄弟)に包囲されたものの、約1ヶ月に渡る籠城を耐え抜いています。1615年に一国一城令によって廃城となった後、島原の乱(1637年)ですでに廃城だった原城を一揆衆が拠点としたことを受けて徹底的に破却されました。
佐敷川の河口近くの南岸、佐敷港を西に見下ろす花岡山に築かれた山城で、小規模ながら近世城郭らしい総石垣造りです。廃城後に天守閣が熊本城に移築された、という説があります。
現在では公園として整備されており、石垣・曲輪・虎口が遺構として残っています。