全国風景ガイド
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日本の城
丹波亀山城
詳細情報
丹波亀山城跡:京都府亀岡市荒塚町内丸
※
丹波亀山藩
の藩庁
亀山城は、1578年に明智光秀によって築城された平山城です。亀宝城、亀岡城、丹波亀山城と呼ばれることもあります。
1575年に明智光秀が織田信長に丹波平定を命じられた際、その軍事拠点として築かれ、平定後には統治拠点となりました。本能寺の変の後、山崎の戦いで明智光秀が敗死すると豊臣氏の支配下に入り、羽柴秀勝(信長の四男)・豊臣秀勝(豊臣秀吉の甥、お江の夫)・小早川秀秋・前田玄以などの居城となりました。
江戸時代になると譜代大名の居城となり、明治維新を迎えています。
1919年に宗教法人大本に購入され、拠点として整備されましたが、1935年の第二次大本事件に際して地元自治体に売却され、翌年に破却されました。
北に沼沢地を望む丘陵(荒塚山)に築かれた平山城です。1610年、築城の名手と言われる藤堂高虎の縄張りで改修されて近世城郭となり、この時に天守閣も建造されました(今治城天守の移築という説もあり)。
現在では再び宗教法人大本の敷地となっているものの、一部を除いて公開されており、堀が遺構として残っている他、石垣が復元されています。
旧亀山城新御殿玄関
京都府亀岡市保津町訳目
※市区町村の文化財
旧亀山城内新御殿玄関は、かつて亀山城三の丸新御殿(1864年建造)の玄関部分(玄関、小玄関、詰所など)だった建築物です。1882年に現所在地へ移築されて、保津第五区会議所として使われています。
現在では修復され、移築時の改造で失われていた小玄関や大床などが復元されています。
旧亀山城内新御殿門
千代川小学校:京都府亀岡市千代川町北ノ庄国主ケ森
※市区町村の文化財
旧亀山城内新御殿門は、かつて亀山城三の丸新御殿(1864年建造)の門として使われていた長屋門です。1880年、集成校(現在の千代川小学校)の新築移転時に、現在の亀岡市千代川町北ノ庄国主ケ森(きたのしょう くにしゅがもり)に移築されて、現在に至るまで校門として使われています。
長屋門とは、門の両側に長屋を設けて居住可能としている門のことです。鬼瓦には、三の丸新御殿建造当時の城主だった形原松平氏の家紋(八丁子紋)が入っています。
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