豊見城城(とみぐすくじょう、とみぐすくぐすく)は、1400年頃に汪応祖(南山王国第3代王)によって築城された山城です。とよみ城と呼ばれることもあります。
中山への備えとして築かれましたが、琉球統一を目指す中山王国の尚巴志に火攻めを受けて落城しました。琉球統一後には首里城の防衛拠点の1つとされ、真珠道(まだまみち 那覇港まで続く官道、16世紀前半から整備)の経路にも含まれています。
漫湖の南岸の丘陵に築かれた大規模な山城で、北の漫湖や東の饒波川など天然の要害に守られています。
現在では、豊見城市によって復元が計画されています。