宇留津城は、元暦年間(1184年~1185年)に緒方惟栄によって築城されたと言われている平城です。塩田城(えんだじょう)と呼ばれることもあります。
源義経の命を受けた緒方惟栄による築城の後、賀来氏の居城となって戦国時代後期に至ると、まず大友氏の、次いで豊前宇都宮氏(城井氏)の支配下となっています。1586年の豊臣秀吉による九州平定の際に、黒田孝高(官兵衛)と毛利ら中国勢からなる大軍の攻撃で落城しました。この時の攻城戦については、白い犬が浅瀬を渡るのを見て寄せ手が攻略の糸口を掴んだ、という逸話が伝えられています。
周防灘に面した京都(みやこ)平野の南東部、海岸線近くに築かれた平城で、大規模な湿地(塩田沼)に囲まれた堅城です。
現在では塩田沼は埋め立てられ、城跡は住宅地になっており、宇留津公民館の敷地に石碑が建てられています。