座喜味城(ざきみじょう、ざちみぐすく)は、15世紀前半に護佐丸(伊覇按司三世の次男)によって築城された山城です。読谷山城と呼ばれることもあります。
尚巴志による北山征伐で戦功を挙げた護佐丸は、北山に睨みを利かせる城の築城を尚巴志に命じられ、座喜味城を築いて城主となりましたが、1430年には中城按司に任じられて城を出ました。その後しばらくして廃城になったと考えられています。
丘陵に築かれた小規模な山城で、山頂に一の郭を、その南に一段下げて二の郭を配した連郭式の城です。曲線的な石垣(琉球石灰岩を使用)による高い城壁が特徴です。築城には山田城(護佐丸の生誕地・元居城)の石垣の石が流用された、と伝えられています。
現在では座喜味城跡公園として整備されており、石垣・二の郭の石門・本殿などが遺構として残っていて、城壁や一の郭の石門などが復元されています。南にあるユンタンザミュージアムでは、座喜味城に関する展示を見られます。