安土城跡:滋賀県近江八幡市安土町下豊浦
安土城は、1576年に織田信長によって築城された山城です。織田信長の居城として、また日本近世城郭の草分けとして有名です。
岐阜城に代わる織田信長の居城として、丹羽長秀を総普請奉行に据えて築かれました。
1582年に本能寺の変が起こると明智光秀が入城しましたが、光秀が山崎の戦いに出陣してから間もなく、不審火で天守閣を含む本丸が焼失しています。戦後、清洲会議の決定を受けて三法師(織田秀信 織田信長の嫡孫)が入城したものの、1584年には三法師が坂本城に移され、翌年に破却されました。
琵琶湖の内湖のほとり、安土山に築かれた総石垣の大規模な山城です。京都や北陸に繋がる水陸交通の要衝に位置しており、長浜城・坂本城・大溝城と共に琵琶湖の水運を押さえています。近辺にあった観音寺城(近江守護の六角氏の居城)を参考に、天守閣・高石垣・瓦葺を備える最初期の近世城郭として完成し、以後の城に大きな影響を与えました。石垣は穴太積み(穴太衆が手がけた野面積み)で造られています。軍事拠点というよりも統治拠点であり、防御よりも壮麗さや居住性が重視され、天守閣(天主と呼ばれることもある)も実際の居室として信長に用いられていたと推測されています。麓には家臣の屋敷が置かれています。
現在では、天守台・石垣・礎石などの遺構が残っています。
国の特別史跡
安土城の原寸大復元天守
安土城店主信長の館:滋賀県近江八幡市安土町桑実寺
安土城天主 信長の館は、近江八幡市安土町桑実寺(あづちちょう くわのみじ)にある安土町文芸の郷(1994年に完成した総合施設)の施設の1つで、安土城の原寸大復元天守(5~6階部分)を保存展示しています。
この復元天守は、1992年のセビリア万国博覧会に出展されたものを移築し、さらに屋根や天井などを追加したもので、その内部には織田信長が狩野永徳などに描かせたと伝えられる金碧障壁画が再現されています。