赤木城:三重県熊野市紀和町赤木
赤木城は、1589年頃に藤堂高虎によって築城された平山城です。築城の名手と言われる藤堂高虎の初期の築城例として、また「天空の城」として知られています。
1585年に豊臣秀吉の紀州攻めが終わって検地が行われると、それに反発して翌年から北山一揆(天正の一揆)が勃発、この一揆を鎮圧する拠点として、豊臣秀長の命を受けた家臣の藤堂高虎によって築かれました。
赤木城が完成した際、藤堂高虎が落成祝いと称して地侍や農民に登城を命じ、それに応じた百数十人を捕らえて、田平子峠で斬首に処した、と伝えられています。
1614年には大坂冬の陣に乗じて再び北山一揆(慶長の一揆)が起きており、この際にも数百人の一揆衆が田平子峠で処刑されたと言われています。一揆鎮圧後、間もなく廃城となりました。
紀伊山地の中央付近、狭い盆地の丘陵に築かれた小規模な平山城で、十津川街道と北山街道を押さえる位置にあります。中世城郭らしく尾根沿いに各曲輪を配する一方、織豊系の近世城郭らしく枡形虎口や石垣を多用しており、石垣の建造には野面積みと算木積みが用いられています。
現在では石垣・曲輪・虎口などの遺構が残っている他、桜の名所としても知られています。南西には田平子峠刑場跡があります。
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