明智城址:岐阜県可児市瀬田
明智城(あけちじょう)は、1342年に土岐(明智)頼兼によって築城されたと言われている山城です。長山城、明智長山城と呼ばれることもあります。明智光秀の生誕地とされています。
1556年、長良川の戦い(斎藤義龍が父の道三を討った戦い)の際に斎藤義龍に攻められると、2日間の籠城の末に城代の明智光安(明智光秀の叔父)らが自刃、落城して破却されました。この際に明智光秀は明智家の再興を託されて脱出した、と言われています。
濃尾平野の東端に位置する丘陵に築かれた、連郭式の山城です。
現在では登山道が整備されており、土塁や竪堀などの遺構が残っている他、明智光秀の像や石碑、模擬の大手門・馬防柵が建てられ、本丸跡に展望台が設けられています。
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