真弓山城:愛知県豊田市足助町須沢
真弓山城(まゆみやまじょう)は、足助鈴木氏(三河の国人)によって現在の豊田市足助町(あすけちょう)に築城された山城です。足助城、松山城と呼ばれることもあります。武田氏と徳川氏による争奪戦の舞台の1つとして、また松平信康の初陣の地としても知られています。
1525年に松平清康(徳川家康の祖父)に攻撃されて松平氏に服属したものの、清康が暗殺(森山崩れ)されると離反し、1552年に今川軍の攻撃を撃退するも1554年の再攻撃で降伏、桶狭間の戦いで今川氏が衰退した後の1564年に徳川家康に攻められて降伏し、徳川氏の支配下に入りました。
1571年の武田信玄の遠江侵攻で攻め落とされ、1573年には松平信康(徳川家康の長男)が奪還して初陣を飾り、1575年の武田勝頼の三河侵攻に際して武田軍に包囲されて降伏したものの、長篠の戦いで武田氏が敗れると間もなく徳川氏の支配下に戻りました。
1585年には、豊臣氏家臣の森忠政の攻撃を退けています。1590年、徳川家康の関東移封に鈴木氏も随伴すると、廃城になりました。
足助の町を見下ろす真弓山の頂上に本丸を置き、そこから伸びる尾根に各曲輪を配した、連郭式の山城です。
現在では、城跡公園足助城として復元整備されています。