大聖寺城址:石川県加賀市大聖寺地方町
大聖寺城(だいしょうじじょう)は、鎌倉時代に狩野氏によって築城された平山城です。錦城と呼ばれることもあります。
建武の新政~南北朝時代初頭には、争乱の舞台となっています。
戦国時代には一向一揆の拠点となっており、1555年に朝倉氏の攻撃で落城してその支配下に入ると、1567年には朝倉氏と一向一揆勢との和議に従って焼失しました。
1575年に織田信長が加賀に侵攻してくると、信長の命で柴田勝家によって修復されて織田氏の支配下となり、上杉氏への備えとされました。1577年の手取川の戦いで織田勢が敗れると上杉氏に奪われたものの、翌年に上杉謙信が没すると再び勝家に攻め落とされて織田方に復帰しています。
1583年の賤ヶ岳の戦いに柴田勝家が敗れて以降には豊臣氏の支配下にあったものの、1600年の関ヶ原の戦いでは前田利長に攻め落とされて前田氏の所領となり、1615年の一国一城令に伴って廃城となりました。
北国街道や大聖寺川を見下ろす錦城山に築かれた連郭式の平山城で、加賀と越前との境に位置しています。大規模な土塁と空堀を駆使した土造りの城です。
現在では錦城山公園として整備されており、曲輪・土塁・櫓台などの遺構が残っています。
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