勝山落水城跡:新潟県糸魚川市大字青海
勝山落水城(かつやまおちりみずじょう)は、平安時代末期に築城されたと伝えられている山城です。勝山城、落水城、堕水城と呼ばれることもあります。
源平合戦(治承・寿永の乱)の際、源義仲に対抗して地元豪族が築城した、と伝えられています。戦国時代後期には上杉謙信の支配下となっていました。
上杉謙信の没後に織田氏家臣の佐々成政が侵攻してくると、上杉景勝によって整備され、最終防衛線とされました。1585年に羽柴秀吉(豊臣秀吉)が佐々成政を破り(富山の役)、この城で秀吉・石田三成と景勝・直江兼続による会談が行われました。この際に羽柴と上杉による同盟が合意に至った、とされています(落水盟約)。
1598年、上杉景勝の転封に伴って廃城となりました。
越中国との境に近い勝山に築かれた山城で、北陸道を見下ろし日本海を一望する位置にあり、上杉氏にとっては西の前哨となっています。
現在では登山道が整備されており、春日山神社から勧請した祠が本丸跡に残っています。