越府城址:福井県越前市府中1丁目
越前府中城は、1575年に前田利家によって築城された平城です。越府城、藤垣城と呼ばれることもあります。
朝倉氏の滅亡後に織田信長からこの地を与えられた前田利家によって築かれ、1581年に利家が能登に移転すると前田利長(利家の嫡男)・丹羽長秀・青木一矩などが城主となりました。
関ヶ原の戦いの後には本多富正(結城秀康の家臣)の居城となり、本多氏が御附家老だったことで一国一城令(1615年)を免れて、明治維新まで存続しました。
日野川を外堀として利用した、輪郭式の平城です。
現在では市役所本庁舎などになっており、石碑が建てられている他、発掘された石を用いて復元された石垣を見られます。
越前府中城の表門
正覚寺:福井県越前市京町2丁目
越前府中城の表門は、江戸時代後期に建造された高麗門です。明治時代に正覚寺に移築されて、山門として利用されています。
高麗門とは薬医門を簡略化した平屋の門で、冠木に被せる屋根を小型化しつつ控え柱にも小さな屋根を被せたものです。
雪対策として石瓦(笏谷石)を用いていることが特徴です。
市区町村の文化財(山門)