花倉城跡:静岡県藤枝市花倉
花倉城(はなくらじょう、はなぐらじょう)は、文和年間(1352年~1356年)に今川範氏によって築城されたと言われている山城です。葉梨城、花蔵城と呼ばれることもあります。今川義元が当主となった花倉の乱の最終決戦場として知られています。
遠江守護の今川範国による駿河平定を受けて今川範氏(範国の子)によって築かれた、とされており、15世紀初頭に今川館(後の駿府城)が完成するまで今川氏の本拠地でした。
1536年、今川氏輝の死に際して、栴岳承芳(後の今川義元)と玄広恵探(義元の異母兄)による後継者争いが勃発すると、恵探は花倉城に拠ったものの、義元の攻撃で落城し、逃亡した恵探は自害しました(花倉の乱)。
駿河湾の西岸にあって南北に伸びる城山に築かれた山城で、堀切によって分断した尾根沿いに曲輪群を配しており、武田信玄の駿河侵攻時(1568年頃)に改修された可能性も指摘されています。南麓には居館や武家屋敷があった、とされています。
現在では登山道や車道が整備されており、堀切・土橋・曲輪などの遺構が残っています。