八幡山城跡:滋賀県近江八幡市宮内町
八幡山城(はちまんやまじょう)は、1585年に豊臣秀吉によって築城された山城です。八幡城、近江八幡城と呼ばれることもあります。
安土城に代わる近江の国城として、また豊臣秀次(豊臣秀吉の甥)の居城として、豊臣秀吉の普請で築かれ、城下町も安土城からの移転で整備されました。
1590年に豊臣秀次が清洲城に移ると京極高次が入城しましたが、1595年に謀反を疑われた秀次が切腹すると、秀次にゆかりのある八幡山城も破却されました。
安土城の西、琵琶湖東岸に近い八幡山の南面に築かれた連郭式の山城で、東西を内湖に守られ、北を堀切で分断して、南には琵琶湖から水を引いて堀(八幡堀)を設けています。総石垣造り(野面積みと算木積み)や枡形虎口など、織豊系近世城郭の特徴を備えています。南の谷地には居館があり、南麓には城下町が広がっています。
現在ではロープウェイが整備されており、石垣や曲輪などの遺構が残っています。本丸跡には村雲御所瑞龍寺(日蓮宗の本山、豊臣秀次の菩提寺)があり、北ノ丸からは東の安土城や観音寺城がよく見え、西ノ丸からは琵琶湖までを一望できます。