彦根城:滋賀県彦根市金亀町
彦根城は、1603年に木俣守勝(井伊氏家老)によって築城された平山城です。金亀城(こんきじょう)と呼ばれることもあります。現存12天守の1つとして知られています。
1600年の関ヶ原の戦いで功績を挙げて近江北東部を与えられた井伊直政(徳川四天王の1人)は、まず佐和山城に入りましたが、石田三成の居城であったことなどを嫌い、新たな城への移転を計画していました。直政は1602年に没しましたが、その遺志を受けて家老の木俣守勝が築城を開始、井伊氏当主を継いだ井伊直継(直政の嫡男)が1606年に入城し、全工事が完了したのは1622年のことでした。以後、井伊氏の居城として、明治維新を迎えています。
明治時代には老朽化して民間に売却されかけましたが、大隈重信が天皇に働きかけて天守や櫓が保存されることに決まり、現在に至っています。
中山道・北国街道や琵琶湖を一望する彦根山に築かれた、連郭式の平山城です。登り石垣が特徴です。近江の様々な城からの建築物移築や資材転用が行われたと伝えられており、中でも天守閣は大津城、本丸天秤櫓は長浜城、佐和口多聞櫓は佐和山城からの移築とされています。井伊直弼が彦根藩主になるまで不遇の時期を過ごした屋敷は、直弼によって埋木舎(うもれぎのや)と命名されています。
現在では、本丸の天守閣および付櫓・太鼓門櫓および続櫓・天秤櫓、二の丸の御殿(楽々園)および庭園(玄宮園)、西の丸の三重櫓、佐和口の二階櫓・多聞櫓(一部は復元)、埋木舎が現存し、石垣や堀が遺構として残っている他、表御殿表向(内部は彦根城博物館)が復元されています。桜の名所としても知られています。
国の特別史跡、国宝、国の重要文化財