伊賀上野城:三重県伊賀市上野丸之内
上野城は、1585年に筒井定次(豊臣氏家臣)によって築城された平山城です。伊賀上野城、白鳳城と呼ばれることもあります。
ここにはかつて平楽寺や仁木氏館(伊賀守護所)があり、1578年~1581年の天正伊賀の乱では伊賀勢の拠点の一つとして利用されていました。1584年の小牧・長久手の戦いでは平楽寺跡に砦が築かれたものの落城、それを利用して翌年に筒井定次が上野城を築きました。
1608年に筒井定次が改易(筒井騒動)された後、1611年には徳川家康の命で藤堂高虎によって改修を施されましたが、1615年に豊臣氏が滅亡すると工事が中断され、未完成のまま明治維新を迎えています。
上野台地の北部丘陵に築かれた梯郭式の平山城で、台地の四方を川に守られています。藤堂高虎の時代に造られた高石垣は、約30mもの高さを誇ります。
現在では上野公園として整備されており、米倉が移築されて現存し、高石垣や堀などが遺構として残っている他、伊賀文化産業城(1935年建造の模擬天守 展示室、展望台)が建てられています。隣接する上野高等学校の敷地内には、手当蔵(武器庫)が現存しています。
国の史跡、市区町村の文化財(天守)