犬山城:愛知県犬山市大字犬山
犬山城は、1537年に織田信康(織田信長の叔父)によって築城された平山城です。白帝城と呼ばれることもあります。現存12天守の1つとして知られています。
1544年に織田信康の子の信清が城主を継ぎましたが、1564年には織田信長に攻め落とされています。
1582年に本能寺の変が起こると織田信雄(織田信長の次男)の支配下に入りますが、1584年の小牧・長久手の戦いに際して池田恒興の奇襲を受けて落城しました。1587年には信雄に一旦返還されたものの、1590年に信雄が改易されると豊臣氏の支配下に戻ります。
1600年の関ヶ原の戦いでは西軍の拠点の1つとなりましたが、岐阜城が落城すると東軍に転じました。
江戸時代には主に成瀬氏の居城として、明治維新に至っています。
木曽川沿いの丘陵に築かれた平山城で、川に面する断崖に北側を守られた後堅固の城です。野面積みの石垣が特徴です。中山道と木曽街道による陸路や木曽川の水路を押さえる、政治・経済の要衝です。
現在では、現存建築物である天守閣(最上階は展望台)の他、石垣・土塁などの遺構が残っています。
国宝(天守)