本城山青少年公園(伊勢上野城跡):三重県津市河芸町上野
上野城は、築城年・築城者不明の平山城です。お市の方とその娘(茶々、初、江)が預けられた城との説があります。
16世紀半ばには、長野氏一族の分部氏が、長野氏からこの城を任されていました。
1568年の織田信長の伊勢侵攻に際して、分部氏の仲介で信長と和睦した長野氏は、織田信包(信長の弟)を養子に迎えました。1569年には信包が長野氏宗主として城主となり、津城(安濃津城)の改修が完了するまでの仮城として上野城の大改修を分部光嘉に命じています。
1573年の小谷城の戦いで浅井長政が敗れると、その妻であるお市の方は、娘ともども織田氏に保護され、上野城で織田信包の世話になった、とされています(守山城で織田信次に預けられたとの説もあり)。
1580年に織田信包が津城へ移ると分部光嘉が城代を務め、1594年に信包が改易されると光嘉が城主となりましたが、1619年に分部氏が転封されると廃城になりました。
伊勢湾を一望する丘陵の先端に築かれた平山城で、海陸交通の要衝に位置しています。
現在では本城山青少年公園として整備されており、天守台・空堀・土塁などの遺構が残っている他、天守台跡に展望台(内部は資料室)が建てられています。