岩櫃城跡:群馬県吾妻郡東吾妻町原町
岩櫃城(いわびつじょう)は、南北朝時代に吾妻氏によって築城されたと伝えられる山城です。『甲陽軍鑑』では、武田の三大名城の1つに数えられています。
戦国時代末期には斎藤氏の居城となっていましたが、1563年には吾妻地方への進出を図る真田氏の攻撃で落城しました。この時期に、沼田城・名胡桃城と上田城とを繋ぐ重要拠点として大改修を受けています。武田氏滅亡に際して、真田昌幸はこの城に武田勝頼を迎えて再興を図ろうとしていました。後に真田信幸(信之)の居城となりましたが、1614年には破却されています。
吾妻川西岸に位置する岩櫃山(標高802m)の東側山腹に築かれた山城で、南北西の3方を天然の要害に守られています。斥候曲輪・出丸・番城・砦など、戦闘用の城としての工夫が多く凝らされています。
現在では登山道が整備されており、曲輪・土塁・虎口などの遺構を見られる他、山頂から周辺の山々を一望できます。