岩倉城跡:愛知県岩倉市下本町
岩倉城は、15世紀後半に岩倉織田氏によって築城されたと言われている平城です。
尾張上四郡を支配する岩倉織田氏の本拠として、尾張下四郡を支配する清洲織田氏の本拠である清洲城と並び立つ存在でした。
1556年の稲生の戦い(織田信長と弟の信行による家督争い)で信行方に付いたことで信長と敵対し、1558年の浮野の戦いで敗北、翌年には信長に包囲されて、数ヶ月の籠城の末に降伏して落城しました。この時、岩倉織田氏家臣の山内盛豊(山内一豊の父)が戦死し、山内氏は一家離散の憂き目に遭いました。
旧五条川の西岸に築かれた平城で、川を含む二重の外堀を巡らせています。
現在では、本丸跡に岩倉城址の碑と織田伊勢守城址の碑(1860年建造)が建てられています。付近の神明生田神社には、山内一豊公誕生地の碑が建てられています。