称名寺:兵庫県加古川市加古川町本町
称名寺(しょうみょうじ)は、聖徳太子によって創建されたと伝えられている高野山真言宗の寺院です。
13世紀頃、この一帯に加古川城(糟屋の館、糟屋氏館とも)が築かれた際に、城主の糟屋氏の菩提寺とされました。
加古川城は、羽柴秀吉(豊臣秀吉)が毛利攻めに際して行った軍議(加古川評定)や、その時の城主で賤ヶ岳七本槍の1人に数えられる糟屋武則で知られる平城(居館)です。
境内には山門や本堂(阿弥陀堂)の他、毘沙門堂・不動堂・大師堂・七騎供養塔(塩冶高貞の忠臣七人の供養として、頼山陽が撰文と書を担当し、1820年に建立)などがあり、加古川城址であることを示す説明板が立てられています。山門の近くにはイチョウの大木が生えています。