鎌刃城跡:滋賀県米原市番場
鎌刃城(かまはじょう、かまのはじょう)は、築城年・築城者不明の山城です。蒲葉城(かばがはじょう、かまのはじょう)と呼ばれることもあります。
13世紀後半には土肥元頼が城主を務めていた、と記録されています。
戦国時代初期以降には、湖北と湖南との境目の城として、湖北の京極氏・浅井氏と湖南の六角氏による勢力争いの舞台となりました。1472年に京極氏家臣の今井秀遠に攻められて城主の堀次郎左衛門尉が敗死、1538年には六角定頼に攻め落とされています。
浅井氏の支配下にあった1570年、城主の堀秀村が竹中重治(半兵衛)の調略を受けて、織田方に転じました。翌年には浅井氏家臣の浅井井規に攻められたものの、木下秀吉(豊臣秀吉)の援軍を得て守り切っています。
1574年、堀秀村が改易されると、廃城になりました。
琵琶湖や中山道を一望する山に築かれた大規模な山城で、頂上に本丸を置き、急峻な尾根に各曲輪を連郭式に配して、その間を大小の堀切で分断しています。中世城郭でありながら、天守閣に相当する大櫓を備え、石垣を多用しています。
現在では登山道が整備されており、櫓台・堀切・大石垣などの遺構が残っている他、石碑や展望台が建てられています。
国の史跡