川越城本丸御殿:埼玉県川越市郭町2丁目
川越城は、1457年に扇谷上杉氏家臣の太田道真・道灌親子によって築城された平山城です。河越城、初雁城、霧隠城と呼ばれることもあります。
1455年の享徳の乱をきっかけに古河公方の足利氏と関東管領の上杉氏との争いが勃発すると、扇谷上杉氏の上杉持朝は太田道真・道灌にこの城を築城させました。
1537年に北条氏綱(北条早雲の嫡男)に攻められて落城して以降、後北条氏の武蔵国支配拠点となりました。1545年には扇谷上杉氏・古河公方・山内上杉氏・今川義元・武田信玄の連合軍によって包囲されますが、半年に及ぶ籠城に耐え抜き、翌年には救援に来た北条氏康と共に夜襲をしかけて勝利しました(河越夜戦)。
1590年、豊臣秀吉による小田原征伐の際に降伏して開城し、徳川家康の所領となりました。江戸時代初期には大改修を受けて拡張され、近代的城郭となっています。
「道灌がかり」と呼ばれる連郭式の平山城で、武蔵野台地の北端の丘陵に築かれ、北を流れる新河岸川・入間川・越辺川などを外堀に利用しています。江戸時代には新河岸川による舟運などで栄え、小江戸と称されました。
現在では、本丸御殿の一部(大広間と玄関、1848年建造)が現存して一般公開されている他、富士見櫓跡や堀跡などの遺構が残っています。
都道府県の文化財