小諸城址懐古園:長野県小諸市丁
小諸城は、1487年に大井光忠によって築城されたと考えられている平山城です。12世紀末に小諸光兼によって築城された、という説もあります。酔月城、穴城、白鶴城、鍋蓋城と呼ばれることもあります。
1554年、武田信玄によって改修され(山本勘助の差配との伝あり)、東信濃支配の拠点となりました。
1590年には仙石秀久の居城となって、この時期に改修を施されました。
関ヶ原の戦いの際には、上田城の真田昌幸と対峙した徳川秀忠がここに陣を敷いています(第二次上田合戦)。
江戸時代前期に城主が頻繁に変わった後、1702年以降には牧野氏の居城として明治維新を迎えています。
千曲川の右岸の台地に築かれた平山城で、浅間山の南西に位置しており、北東の城下町より城郭の方が低いという、日本の城としては他にない特徴を備えています。河川の氾濫などで削られた火山灰土の地形(田切)を利用した空堀や、千曲川に面した断崖など、自然地形によって守りを固めています。仙石秀久の改修によって、石垣造り(野面積み)の近世城郭に変わっています。
現在では、市営公園小諸城址懐古園として整備されています。天守台・石垣・鏡石などが遺構として残っている他、三之門(1766年建造)が現存して園の入り口に利用されています。本丸跡には懐古神社があります。桜や紅葉の名所としても知られています。
国の重要文化財(三之門)
小諸城大手門
小諸城大手門:長野県小諸市大手1丁目
小諸城大手門は、小諸城の正門として1612年に仙石秀久によって建造された櫓門です。瓦門と呼ばれることもあります。
櫓門とは門の上に長屋状の建物を配した門のことで、この大手門は建造当時としては珍しい本瓦葺きです。
明治以降に料亭や小諸義塾の仮校舎などに使用されて一部が改造されていましたが、現在では建造当時の状態に復元されています。内部(主に休祝日公開)は展示室になっています。
国の重要文化財