甲府城跡:山梨県甲府市丸の内1丁目
甲府城は、戦国時代末期に築城された平山城です。舞鶴城、一条小山城と呼ばれることもあります。
1583年に徳川家康が築いたとも、1590年に豊臣秀勝(豊臣秀吉の養子)が築いたとも言われています。
豊臣氏の支配下にあった時期には浅野長政などの重臣が城主となっており、関東に入った徳川家康を監視する拠点として重視されていたと考えられています。
江戸時代前期には親藩である甲府徳川氏の居城となっていましたが、1704年に徳川綱豊(家宣)が将軍世嗣として江戸城入りしたのに伴って柳沢吉保が城主となり、1724年に柳沢氏が転封すると幕府領になりました。
甲府盆地の北東から伸びる一条小山の先端に築かれた、梯郭式の平山城です。完成に至ったのは浅野長政・幸長親子が城主だった時期で、東日本最大級の高さを誇る石垣(野面積み)が織豊系城郭らしい特徴です。
現在では舞鶴城公園や甲府城歴史公園として整備されており、石垣や堀が遺構として残っている他、鍛冶曲輪門などの門や稲荷櫓が復元されています。桜や紅葉の名所として知られています。
都道府県の文化財