小山城:静岡県榛原郡吉田町片岡
小山城(こやまじょう)は、1571年に馬場信春(武田四天王の一人)によって築城された平山城です。武田氏と徳川氏による争奪戦の舞台の1つとして知られています。
戦国時代後期には、今川氏の所領として、山崎の砦と呼ばれる小規模な城砦が建てられていました。
1560年の桶狭間の戦いで今川氏が勢力を失うと、武田信玄が駿河を、徳川家康が遠江を領有する、との取り決めが交わされ、徳川氏の支配下に入りました。しかし、1568年に武田信玄が取り決めを破って侵攻を開始したことで、双方による争奪が繰り広げられます。
1571年に武田信玄が奪取すると、その命を受けた馬場信春によって本格的に築城され、高天神城攻めの拠点とされました。
1575年に諏訪原城が落城した際、その残党がこの城に逃げ込んだことで、徳川軍に攻撃されたものの、城将の岡部元信を中心に守り切っています。しかし1582年に織田信長・徳川家康らによる武田征伐が始まると、城方が逃亡し、落城しました。
東西に伸びて湯日川に突き当たる台地の先端に築かれた連郭式の平山城で、丸馬出・三日月堀といった武田氏の城らしい特徴を持ちます。
現在では能満寺山公園として整備されており、三重堀(三日月堀を3重に配したもの)などの遺構が残っている他、大手門や丸馬出などが復元され、犬山城を模した展望台小山城(模擬天守 歴史資料館、展望台)が建てられています。