八幡さん公園:三重県志摩市大王町波切
波切城(なきりじょう)は、南北朝時代に川面氏(近在の土豪)によって築城された山城です。波切砦、波切九鬼城と呼ばれることもあります。九鬼嘉隆の生誕地として知られています。
貞治年間(1362~1368年)、志摩に進出してきた九鬼隆良が川面氏に養子入りしたことで、九鬼氏の本拠となりました。
1541年に本拠が田城城に移ると、その支城とされています。
九鬼氏当主の浄隆が田城城の城主に、その弟の嘉隆が波切城の城主になっていた1560年、北畠氏の支援を受けた志摩の地頭によって田城城が包囲され、籠城中に浄隆が病死したこともあって攻め落とされると、それに続いて波切城も落城しました。
波切城から脱出した九鬼嘉隆は、1568年には滝川一益の仲介で織田信長の家臣となり、水軍を率いて活躍、1570年に志摩の地頭を制圧して志摩統一を果たし、波切城も取り戻しています。
1594年に鳥羽城が完成して九鬼氏の本拠が移転した後、廃城となりました。
志摩半島の南東部、大王崎の突端に築かれた山城(丘城)で、熊野灘と伊勢湾を一望の下に収めて、海運に睨みを利かせています。
現在では八幡さん公園として整備されており、土塁や曲輪が遺構として残っている他、石碑が建てられています。隣接地には大王崎灯台があり、北の仙遊寺には波切九鬼氏の墓があります。