久能山東照宮:静岡県静岡市駿河区根古屋
久能城(くのうじょう)は、1568年に今福氏(武田氏家臣)によって築城された山城です。久能山城(くのうざんじょう)、久能寺城と呼ばれることもあります。徳川家康の最初の埋葬地として知られています。
ここには推古天皇(592年~628年)の時代から久能寺という寺院が存在しており、戦国時代後期には今川氏によって軍事拠点として使われていたとされています。
1568年に武田信玄が駿河侵攻を開始すると、家臣の今福友清とその子の虎孝・昌和が久能寺を移転させて築城し、城主となりました。
1582年の織田信長・徳川家康らによる武田征伐の際、徳川軍に攻められて降伏し、徳川氏の支配下に入りました。1616年に家康が没すると、その遺言に基づいて遺体の埋葬地となり(後に日光へ移転)、翌年には御廟所(東照社、後に東照宮)となって、現在に至ります。
駿河湾を見下ろす丘陵に築かれた山城で、北側の屏風谷など、四方を天然の要害に守られた堅城です。徳川家康には「久能山は駿府城の本丸と常に思召す」と評されるほど重要視されていました。久能山東照宮の社殿は、東照宮建築としては最初期の建造物です。
現在ではロープウェイが整備されており、土塁や井戸(勘助井戸)などの遺構が残っている他、久能山東照宮には江戸時代の建造物が多く現存しています。
国の重要文化財