厨川柵跡:岩手県盛岡市前九年1丁目
厨川柵(くりやがわのさく)は、10世紀後半~11世紀前半に安倍氏によって築造されたとされ、平安時代の奥六郡の一つである岩手郡に位置する居館(城柵)です。
安倍氏の重要拠点として知られ、前九年の役の最終決戦場としても有名です。
1051年に奥州藤原氏と安倍氏との間で勃発した前九年の役において、厨川柵は主要な戦場の一つとなり、1062年に安倍貞任が敗れたことで落城しました。
北上川と雫石川の合流点にある丘陵に築かれていたと推定されているものの、具体的な範囲や構造は不明です。