黒田城址:愛知県一宮市木曽川町黒田
黒田城は、明応年間(1492年~1500年)に五島氏(後の山内氏家臣)によって築城された平城です。山内一豊の生誕地として知られています。
16世紀前半に岩倉織田氏家臣の山内盛豊(山内一豊の父)が城代として入城し、1545年にはこの城で一豊が誕生しています。
岩倉織田氏と織田信長との対立の中、1557年に信長の夜襲を受けると、城方が岩倉城に撤退したことで落城し、織田信長の支配下に入りました。
1582年に本能寺の変が起きると織田信雄の支配下に入って沢井雄重の居城となり、1584年の小牧・長久手の戦いに際しては羽柴秀吉(豊臣秀吉)の調略を受けるも応じず、戦後に雄重は徳川家康から感状と太刀を与えられています。
1590年に織田信雄が改易されると豊臣氏家臣の一柳直盛の居城となって改修を施され、1600年に直盛が転封されると松平忠吉(徳川家康の四男)の所領になりましたが、後に廃城となりました。
木曽川と岐阜街道を押さえる交通の要衝に築かれた平城です。
現在では跡地の大半は黒田小学校の敷地となっており、その北東の一角が整備されて石碑や山内一豊の像が建てられています。
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