丸亀城:香川県丸亀市一番丁
丸亀城(まるがめじょう)は、応仁年間(1467年~1469年)に奈良元安(室町幕府管領の細川勝元の家臣)によって築城されたと伝えられている平山城です。亀山城、蓬莱城と呼ばれることもあります。現存12天守の1つとして知られています。
築城時点では、聖通寺城の出城として亀山に築かれた砦でした。
1575年に香川氏(西讃守護代)が奈良氏の所領を奪取し、1578年には香川氏が長宗我部氏に降ってその支配下に入っています。
羽柴秀吉(豊臣秀吉)による四国平定の後、1587年に讃岐を与えられた生駒親正は、高松城を本城と定めた後、1597年にその支城として、亀山の砦を中心に丸亀城を築城しました。
1615年の一国一城令で廃城となりましたが、城を隠蔽することで破却を免れています。
生駒騒動(家臣団の分裂・対立によるお家騒動)を起こした生駒氏が1640年に転封されると、翌年に山崎家治の居城となって再築され、1658年に山崎氏が断絶した後で京極高和が入城、以後には京極氏の居城として明治維新を迎えています。
瀬戸内海に注ぐ土器川の河口付近、亀山を中心に築かれた方形の渦郭式平山城で、周囲を内堀と外堀で囲んでいます。山麓から山頂まで4重に巡らされた石垣の高さは、合計60mにも及びます。
現在では亀山公園として整備されており、天守閣(御三階櫓)や大手の一の門・二の門などの建築物が現存し、石垣・堀・土塁などが遺構として残っている他、延寿閣別館(丸亀藩京極家江戸屋敷の一部を1933年に移築)や資料館があります。桜の名所としても知られています。内堀の外側は市街地になっており、外堀はほぼ埋め立てられています。
国の史跡、国の重要文化財