松本城:長野県松本市丸の内
松本城は、永正年間(1504年~1520年)に信濃守護の府中小笠原氏によって築城されたとされている平城です。深志城と呼ばれることもあります。
府中小笠原氏の本拠地であった林城の支城として築かれた、と言われています。
1550年には武田信玄によって攻め落とされ武田氏の支配下に入りましたが、1582年の武田氏滅亡~天正壬午の乱の結果として小笠原氏の所領に戻りました。
1590年、徳川家康の関東入りに伴って石川数正の居城となり、石川数正・康長親子によって改修を施されています(家康への牽制や備えと言われている)。
1613年の大久保長安事件で石川康長が改易されると小笠原氏の所領に戻り、1617年以降には戸田松平氏の居城となりました。1686年の貞享騒動では、多数の農民に包囲されています。
本丸と二の丸が梯郭式に繋がり、これらを三の丸が輪郭式に包む、という構造の平城です。
現在では、本丸と二の丸の跡地が松本城公園として整備されており、現存12天守の1つにして姫路城と並ぶ5重の天守閣などの現存建築物や石垣・土塁・堀などの遺構が残っている他、黒門と太鼓門が復元されています。
国の史跡、国宝(天守)
松本城鎮守社の本殿
若宮八幡社:長野県松本市筑摩
※松本城二の丸に鎮座していた松本城鎮守社の本殿
松本城鎮守社の本殿は、かつて松本城二の丸に鎮座していた流造(ながれづくり)の社殿です。1582年頃に造営された、と考えられています。
流造とは神社建築様式の1つで、反り返った屋根の正面側を長く伸ばした平入の切妻造です。
1670年に、若宮八幡社(わかみやはちまんしゃ)に移築されています。
国の重要文化財
旧松本城大手門
青柳家の旧松本城大手門:長野県安曇野市堀金烏川
※移築された旧松本城大手門
旧松本城大手門は、かつて松本城の大手門二の門だったとされている薬医門です。明治時代に移築されて、現在では民家の門として利用されています。
屋根瓦には、1617年以降の城主だった戸田松平氏の家紋(六曜紋)が入っています。
薬医門とは、一般的な門(棟門)の基本構成(冠木と鏡柱)に控柱を加えて強度を増した、平屋の門です。
市区町村の文化財